42歳と9ヶ月から英会話学習を始めたオヤジの英語に関するあれこれ。
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September 11, 2001 (Part 4)

朝3時30分という早いPick up。早く寝なければと思いながらも、
なかなか寝付けなく、少しの睡眠の後、10日目の朝を迎えた。

オヤジ達、そして同じ航空会社を使って来ていた人たち皆、眠そう顔をしながらも
”今日は帰国できるんだ” と明るい様子でありました。
バスに乗り込み空港へ。

空港に着くと、まだ朝早いこともあり、閑散としておりました。
そして、空港内に入り搭乗案内の電光掲示板に目をやった時、みんなから
ため息とざわめきが起こった。
オヤジ達が乗る予定の飛行機ナンバーの横に、"CANCEL" の文字が。

旅行会社の人も、掲示板を見ながら立ち尽くしていた。
暫くして、オヤジ達のもとへ。
”昨日電話で確認した時は、今日は飛ぶと言っていたんです。........
しかし、御覧のように今日は飛びません。申し訳ありません。
またHotelへお送りします。” と困惑した様子で頭を下げる。
どうする事も出来ず、Hotelへ戻る事に。

Hotelへ着きまたCheck inをし、部屋に荷物を置き、暫くしてロビーへ。
ここに集められてから仲良くなった人たちは、それぞれ違う航空会社のため、
時間差で空港に向かったわけです。
しかし、結局誰も飛行機に乗れずに戻ってきた。
ロビーに座っていると、続々と人がHotelに戻ってくる。
みんな疲労困憊。思い荷物を引きずっている。

この何日間の空港閉鎖、そして予定を変更して早く帰国をする人等で、
完全に搭乗者がだぶつき、溢れていたのである。
そしてこの頃、嫌な噂が流れていた。
それは、”各国の航空会社は自国の人間を最優先に帰国させる” と言う物だった。

と言うことはオヤジ達はどうなるんだろう?
この時オヤジ達は、格安ツアーと言う事もあり、”ヴァリグブラジル” と言う、
ブラジルの航空会社を使っていた訳です。
噂が本当なら、ブラジル人が最優先。日本には行かないと言う事なのか?
不安がよぎるオヤジ達でありました。(翌日、この不安が的中する事に。)

仕方なく、この日はハリウッドに出かけ時間を潰す事にした訳です。
しかし、帰国の事を考えると楽しめたもんじゃありませんでした。

Hotelに帰ると、殆んどの人が帰れず戻ってきていた様であった。
また、夜8時に現状報告と明日の予定の説明の為、みんなが集められた。

しかし、他の滞在客への配慮から、メガホン(拡声器)を使わずの説明だった為、
よく聞こえなかった人達が説明会の後、旅行社スタッフのもとへ集まっていた。
疲れと不安でイラついている人たちが、怒り出し旅行社スタッフにつめよっている。
スタッフも声が枯れ、本当に疲労している様子であり、気の毒な感じであった。

明日のPick upは5時半。
”明日には帰れるだろう” と信じながら部屋に戻り眠ることに。

11日目の朝。5時半にPick upのバスに乗り込み空港へ。
空港内に入り、搭乗案内の電光掲示板に目をやる。すると、"Brazil" の文字が。

そう、オヤジ達の便の行き先がJapan/NagoyaからBrazilに変更されていたのです。
昨日の噂は本当だったんです。

旅行会社の人がヴァリグブラジルのカウンターに聞きに行く。
すると、カウンターに並べとの事だった。
”なぜだ? 日本へは行かないんだろ?” そう思いながら並んでいると、
オヤジ達の航空券にあるスタンプが押された。"ENDORSEMENT"の文字が。
みんなこのスタンプの意味が分からず、スタッフに説明を受けることに。

”ヴァリグは日本へ飛ぶ気はないようです。それぞれで航空会社を当たって
キャンセルを探すしかありません。” と説明される。
このENDORSEMENTというのは、悪い言い方をすれば、
”どこの航空会社を使っても、差額はこっちで払うから、この航空券を使って
自分達でさがして勝手に乗ってくれ。あとは知らないから。” という物。
要は責任放棄であります。

しかし、こんなに人がだぶついている状態。
”誰がキャンセルするの?しかも日本の航空会社以外はみんな英語でしょ?
どうやって当たれと言うの?” と思っていると、今まで何一つ怒ることも
スタッフに詰め寄ることもしなかったカミサンがさすがに切れました。

”そんな言い方は無責任じゃないですか!?” 
するとこのスタッフはアルバイトだったらしく、大急ぎで上司を呼びに行った。

”ヴァリグは責任を放棄しました。今日は取り合えずHotelへお戻り下さい。”
と話す上司。仕方なくHotelへ戻ることに。

その夜、また説明会があった。しかし、オヤジ達ヴァリグ航空組は別説明だった。

”他の航空会社は臨時便を出したり努力をしておりますが、はっきり言って
ヴァリグは最悪の状況です。
明日から、手配のお手伝いに付きますのでがんばって探しましょう。”
こんな説明でありました。
要するに、色々情報は入れますので自分達で乗れそうな航空会社の
カウンターに並べと言う事でありました。
当然キャンセル探しでありますので、他の人達より早く空港へ行って
並ばなくてはならないのです。

”これは大変な事になってきた” と思いつつも、
”まぁ、しょうがない。明日からがんばって並ぼう!”
と励ましあうオヤジ達でありました。

Part 5に続く。

Cya!
bbsson






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September 11, 2001 (Part 3)

翌日、空港は閉鎖と言う事でしたが、主要な施設は再開しておりました。

Hotelに閉じこもっていても仕方ないという事で、今まで観光らしい観光を
していないオヤジ達は、Universal Studioへ出かける事に。
Universal Studio内の公衆電話はどこも日本人でいっぱいであった。

行き帰りの道すがら、行き交う車を見ていると殆んどの車が、
アメリカ国旗を掲げて走っていた。
これは犠牲者に対する哀悼の意もあるのだろうが、テロ行為に対する
アメリカの報復攻撃を支持する意味も含まれているようであった。
報復という言葉が適切か?は分かりませんが、少なくてもあの時は
”やられたのだからやり返せ” というような雰囲気が満ちていたように感じました。
日本では、一般市民が車に日本の日の丸を掲げ、走っているような光景は、
めったに見られません。(一昔前の、暴走族ぐらいでしょうか)
何か、不思議かつ怖い感じがしました。

そして、次の日。まだ空港は閉鎖状態のまま。見通しがつかない。
ロビーでは、旅行代理店のスタッフに詰め寄る人、不安になり泣き出す女の子、
お金が尽きて宿泊費が払えず、ロビーで寝る人など深刻さが増してきていた。
(一応、宿泊費は通常の半額で延泊出来たのですが、オヤジ達の使った旅行社は
格安を売りにしている会社でした。ですので、旅行者の多くが学生だった訳です。
現金もそんなに余分には持っていない。カードも持っていない状態でしたので
帰国のめどがつかない状態の中、極力現金を使わないようにと
ロビーに寝ていた訳です。)

オヤジ達はこの日も空港は閉鎖状態ですので、Hotelにいても仕方がないと言うことで、
このHotelに来てから知り合った人達と出かける事に。
幸い隣にレンタカー屋のオフィスがあったので、もう一度車を借りなおす事に。
他の人達の意見も聞き、オヤジの運転でサンタモニカやUCLAに出かける事にした訳です。
(オヤジ達夫婦は、こんな時はジタバタしても仕方がない。焦ってみても仕方がない。
と言うことで滅入るそうな気を少しでも紛らわそうとミニ観光を考えた訳です。)

ミニ観光で立ち寄ったサンタモニカのビーチで、ベンチに座っていた黒人男性と
少しだけ話す事が出来た。
音楽の話を少しして、空港が閉鎖されていつ帰れるか分からないんだ、と言うと、
彼は、次はロスが狙われている。一刻も早く帰ったほうが良い。私はここで、
あなたたちが無事に帰れるように、ずっと祈っているから。
と言ってくれました。
(彼の言う次と言うのは、アメリカが報復をした後に狙われるのはロスだ
と言う意味であったように思います。)

それにしても、サンタモニカもUCLAの周辺も緊迫した雰囲気はあまり感じられなかった。
これは、オヤジ達の感覚のせいなのか?、NYとロスの距離のせいなのか?
どちらにしても、”明日はどこに行こうか?” などと自分たちの置かれている
状況を分かっていないオヤジ達でありました。

毎夜、代理店の方から現状説明の時間が持たれておりました。
日にちが経つにつれて、苛立ちを表す人達が増え、代理店のスタッフに
詰め寄る光景も多くなってきていました。
しかし、代理店の方も当然初めての経験でありますし、オヤジ達旅行者と
同じ状況に晒されている訳です。
また、彼らの力ではどうしようもない状況でありますので、気の毒に感じましたが、
旅行者側にしてみれば、他に言える人もなく仕方のない事だったのでしょう。

ただ、オヤジ達がもう少しどうにかならないかと思ったのは、
ロビーで宿泊している若い子達の食事でありました。
延泊費は半額で、残りの半額は旅行会社が負担していたらしいのです。
半額を払って延泊している人にはミールクーポンが無料で1日2食分
帰国するまで支給されたんです。
しかし、宿泊代を払えずロビーで寝泊りしている子達には、
そのミルクーポンさえ配られなかったのです。
それくらい何とかしてあげられなかったのでしょうか?
そんなに高額な負担にはならないんではないかと思ったんですが、
どうして配れなかったんでしょうか?
配ったとしても誰も文句を言う人はいなかったと思うんですがどうでしょうか?
(そこで私達夫婦は、Little Tokyoへ行き、日本のカップラーメン等を
沢山買い込み、100円で若い子達に分けてあげる事にしました。)

こんな感じで迎えた9日目の夜、オヤジ達の使っていた航空会社の方から、
明日朝、3時30分にロビーに集合するように話がありました。
どうやら、空港が再開されるらしく、朝一番で空港に向かう事になった訳です。
夜にも関わらず、慌ててレンタカーを返しに行き、明日は帰国できるんだと思い、
眠りにつくオヤジ達でありました。

しかし、その後今まで以上に大変な事になって行く事をこの時点では
予想もしないオヤジ達でした。

Part 4に続く。
(長くなってすみません。もう少しお付き合い下さい。笑)

Cya!
bbsson

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September 11, 2001 (Part 2)

急いでHotelに戻り、荷物を部屋に置き車を返しに行く事に。
レンタカーオフィスのあるHotelに着くと、沢山の人がロビーでTVに釘付けに。
今であれば、何が起こったのか誰かに聞くことぐらいは出来たのでしょうが、
当時は全然。とっさに英文など作れる筈もなく、2人とも事態が把握出来ないまま、
車を返し、相変わらず明日帰国のつもりの2人でありましたので、
タクシーを使いDFSへ。のんきにも土産を買いに行った訳です。

しかし、DFSも閉まっている。
さすがにオヤジ達も不安になり、事態を把握するべくLittle Tokyoへ。
あそこなら、日本語で通じるわけですし、いったい何が起こったのか
分かるはずだと思い向かったわけであります。

結局、そこで日本人の店員さんから事態を知らされる事に。
まだ混乱し正確な情報は得られない状況でしたが、とにかくNew Yorkで
大規模なテロがあり、沢山の人が犠牲になった。
そして、Los Angeles行きの飛行機が乗っ取られたということでLAX(空港)が
閉鎖されたらしいという事だった。
そして、犠牲になった人達に追悼の意を示し、Universsal Studioや
Disneylandも閉園しているようでした。
また、主要なShopping centerや大きな店も閉めていたようです。
(今思うと、日本で同じような事が起こった場合、このように追悼の意を示し、
閉園や閉店をするだろうか?それも、こんなに迅速に。
国民性の違いなのでしょうか?何か、愛国心の違いみたいなものを感じてしまいます。)

Hotelに戻ると、オヤジ達の使っている旅行代理店の人が。

”明日、帰国の予定なんですが.......” と聞くと、

”今は、何とも言えない状況なので、夜9時にオフィスに電話を下さい。”
との返答でした。

9時までには時間があったのでカミサン、オヤジそれぞれの親に電話連絡を入れる事に。

日本でも大きく取り上げられていたらしく、双方の親とも心配しておりました。
彼らにしてみれば、New YorkとLos Angelesが離れている事など分からず、
ただ、自分たちの子供が大規模なテロがあったAmericaに居ると言う事だけで
心配だったようでありました。
状況を説明し、大変な事になったと言いながらも、まだこの時点では
それを本当に実感するまでには至っていなかったオヤジ達でした。

言われたとおり、夜9時にオフィスに電話を入れる。すると、
”明日朝、予定通り7時にPick upにうかがいます。” との事。
この時点では、明日予定通りに帰れると思っておりました。
そして、滞在6日目、帰国予定日の朝を迎えた訳です。

翌日、朝7時、Pick upのバスが到着。
旅行代理店のスタッフが事情説明をする。

”皆さん既にご存知とは思いますが、New Yorkで大規模なテロがありました。
とりあえず、空港に向かいますが、空港は今日も閉まっております。
ですので、今日は帰国して頂けません。”

という説明でした。空港が閉まっているのに何故?と思いましたが、
ひょっとして今日は開くかもしれないとの事で、とりあえず空港をめざし、
バスは走り出しました。

走り出して暫くすると空港が見えてきました。
”もうすぐで空港だ。” と思っていると、そこからバスは進まなくなってしまう。
それは、空港周辺は完全封鎖状態でそれ以上近づけなくなってしまったのです。
仕方なくバスはDown townにあるフィゲロアというHotelに向かう事に。

Hotelに着くと、ロビーは今日帰れなくなってしまった人や、
同じ旅行会社を使って来ている日本人でごった返しておりました。
疲れた顔の人、不安そうな顔の人等、全部で200人ぐらいの人が集まっておりました。
(この時点で、約1000人の日本人がLos Angelesに滞在していたらしいです。)

暫くすると、Hotelのホールに全員が集められ、もう一度代理店の方から
事情説明があり、明日も帰れないと言う事を知らされたオヤジ達。
このHotelで泊まる事になった訳です。

Part 3に続く。

Cya!
bbsson






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September 11, 2001 (Part 1)

今日、このBlogのサブタイトルを ”42歳と9ヶ月からの英会話学習記録” から、
”42歳と9ヶ月から英会話学習を始めたオヤジの英語に関するあれこれ”
に変更してしまいました。何だか、他の人達のBlogを拝見していて、
”オレのBlog、全然学習記録になってないじゃん!” と今頃になって気づき、
思わず変更してしまいました。(笑)

さて、今回のタイトル "September 11, 2001"。
そうです、アメリカ同時多発テロが起こった日であります。
最近テレビでも、あれから5年と言う事で取り上げています。

皆さんこのテロが起こった日、どこで何をしていました?
オヤジとカミサンはあの日、Los Angelesに居たんです。
ですので、この時期が来るとあの日の事が思い出されるわけです。
5年が経った今でも鮮明に記憶しております。
今日から何回かに渡ってあのときの事を書いてみようと思います。


オヤジは仕事の関係上、年に1~2回海外に行っております。
この頃(2001年)はLos Angelesばかり行っておりました。
この2001年で、3~4回目のLos Angelesだったと思います。

毎回、1週間ほど現地に滞在して、色々な店を見てまわります。
この年は、初めてレンタカーを借り、アメリカ初のDriveでありました。
初日は右側通行に慣れず、交差点で曲がる度に車線を間違えそうになり、
その度に、カミサンが絶叫しておりました。(笑)

レンタカーを借り自由度が増したのと、Los Angelesも数回目と言う事もあり、
滞在5日で、大よそのスケジュールをこなし目的を達成したオヤジ達は
5日目の夜Hotelで、”明日は、適当に自由に行くか。” と言う事にした訳です。
こうして6日目の朝を迎えました。

目覚めて、とりあえずTVをつけるオヤジ。
この頃は当然英会話も習っておらず、TVをつけても何を言っているのか
分かるはずもないのですが、何となくBGM代わりにつけた訳です。

するとどうでしょう! どのチャンネルを回しても同じ映像しか出てこないんです。
そう、あの飛行機がWorld Trade Centerに突っ込む映像ばかりなんです。
今なら事の内容が分かるのでしょうが、当時のオヤジ達は、何か変だぞと思いながらも

”これ、映画のワンシーンか何かかなぁ~?” とのんきに思ってしまった訳です。
少しの疑問を持ちながらも、とりあえず予定通り車で出かけたオヤジ達でした。

まずは、今まで行った事はないが良い店があるという事で、ベンチュラーストリートへ。
事の重大さをまだ知らないこの日本人2人。のんびり買い物を楽しんでおりました。
この町はハリウッドから車で2時間ぐらい。
のんびりした町でありましたが、今思えばそう感じていたのは、
オヤジ達だけだったのかもしれません。

また、ハイウェーに乗り走っているとカミサンが、
”LAX CLOSEの案内が出ているよ” と。

そう、Los Angeles空港が閉鎖されていたんです。それでもオヤジは、
”ふぅ~ん” と言っただけでまったく危機感のない答えをしておりました。
それから、Long Beachの方へ。

ここでも大きなShopping Centerが閉まっておりました。
定休日かな?と思っていると、駐車場から出てきた女性が、
"Everything is closed." と首を横に振っていたのでした。

オヤジが音楽好きと言う事もあり、バージンメガストアーにCDを見に行く事に。
しかし、ここも閉まっている。年中無休とガイドブックに書いてあるのに。

ここでやっと ”何かおかしい” と思い始めたオヤジ達。
とりあえず、Hotelに戻ることにしたのでした。

Part 2に続く。

Cya!
bbsson


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Postscript of Jam session

昨日またもやJamへ行ってきたオヤジです。
今回は、マークが来ない代わりに、またまた変な外人が来ておりました。(笑)

それと、以前クリスがちょっとの間ギターを習っていた、日本人の
Proのギター弾き?が来ておりました。
容姿はう~ん何というか、70年代の若者ファッション、俗に言う”ヒッピースタイル”
でありました。髪も伸び放題と言う感じであります。
よく言えば、ミュージシャンぽい?感じですが、はっきり言って似合ってなかったです。
(本人、読んでいたらごめんなさい。まぁ読んでるわけないですけど)

腕前はと言うと........良く分からなかったです。
”え!なぜか?” それはあまり長い時間居なかったからであります。彼がね。
30~40分で、”友達を迎えに行く” とかで帰ってしまいました。

しかしながら、この日本人ギタリスト、なかなか英語は上手かったですよ。
以前クリスから聞いたんですが、コイツ何年か海外で修行?らしき事をしていたらしく、
外人とは話慣れている感じでありました。
しかし、クリスも ”彼は良く話せるけど、発音は悪いよ。” と言っていた通り、
確かに発音は悪かったですね。後会話のリズムもね。
でも、オヤジよりは遥かに語彙がある感じでありました。

こんな感じで結局、今回も5時間を越えるJamでありましたが、始まって30~40分後、
ギタリストが帰った後、外人4人に対しオヤジ1人と言う形でがんばっちゃいました。
もうギリギリという感じでしたね。いろんな意味で。(笑)

さて、このところのJamの件でクリスとMailのやり取りをした中で、
オヤジ的に、”へぇ~” とか、”なぁ~るほど” とか、”いかにも”
と思った事がありましたので書きますね。それは、

① Fucking awesome time jamming tonight!
Thanks! See you next time!

② Yea,should be fine. Any changes and I'll call you.
That’s great! See you then.

①は、”いかにも” と言う感じですが、"Fucking" に関しては、
あまり我々は、使わないほうが良いかも?ですね。使い方を間違えると大変ですから。
"awesome" は彼らよく使いますが、使い(話)慣れてないと日本人には
なかなか上手く使えませんね。慣れるしかないんでしょうかねぇ~。

②は、2回目のJamに誘われた時に、
”たぶん行けると思うけど、少し遅れるよ。” と返した後のクリスの返事です。

ここでは、"Any changes and I'll call you." と言う文が、オヤジ的に、
”なるほど。これだけで良いんだ。” と思ったところです。
これは、”何か変更があれば電話するよ。” という意味なんでしょうが、
簡単、しかし十分理解できる書き方ですよね。まさに口語英語と言う感じです。
これが、Real Englishなんでしょうか?........

こんな感じで、チョットした事でも結構 ”お勉強” になります。(笑)
Jam中でも、彼らの普段日常的に使う単語や、言い回しも聞けて、
これもまた、”お勉強” になります。(笑)

なかなか貴重な時間でありました。
また、今度の日曜日も行く事になりそうです。(オレはBandのメンバーか?)

Cya!
bbsson





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Jam session 4

先ほど、また今度の日曜日にJam sessionの誘いがありました。
色々な意味で ”ふぅ~” でありますが、行こうと思っております。(笑)

さて、オリビア登場でありますが、なぜかSaxは持っていません。
何でも、今ギターに大変興味があり練習しているらしいです。
そんな具合ですので、オヤジの弾いているのを興味深げに見ておりました。
彼女の視線をヒシヒシと感じていたわけですが、まぁ、
”コイツ日本人なのにブルースギターを弾いてるわ!” みたいな感じでしょうか?

ひとしきりレゲエバージョンが終わると、次はかの有名なエリッククラプトンの
”Wonderful tonight" と言うバラードの名曲をやる事に。

この曲はメロディーも綺麗で分かり易い曲であります。
彼女は20代と言う事もあり良く知らなかった様ですが、覚えていくうちに
気に入ったようでありました。そこでマークが、

”ちょっと指が痛くなったので休憩しよう!” と言い出し、
マークと変なアイルランド人(笑)と日本人女性は家の外に。クリスはトイレへ。

部屋の中はオリビアとオヤジの2人に。すると、オリビアがギターを持って

”あなたのギターは素晴らしい。エクセレント!” と絶賛?され、
”ねぇ、Wonderful tonightの弾き方をもう一度教えて。” と言ってきた訳です。

"OK.まず基本はね.......” と説明するオヤジ。 一通り教えた後に

”じゃあ一緒にやってみようか?” とオヤジ。
しかしこの曲、ボーカルが入ってないと全然盛り上がりません。
実はオヤジ、この歌の歌詞は暗記しておりまして、歌おうと思えば歌えたんですよ。
でも、外人相手に英語の歌を歌うのはさすがのオヤジも気が引けていたわけです。
けれども、歌なしではどうもダメ。そこで意を決して、

”そうだ! 歌詞を思い出したから歌おうか?”
”でも、間違えるかもしれないよ。久しぶりだから。良い?” 
とわざとらしくオヤジ。

”ほんとに? もし間違えても私、知らない曲だから分からないよ。歌って!”
と喜ぶオリビア。しかし、オヤジとしては、

”そうじゃなくて、英語自体を間違えるかもしれないと言う事なんだけどなぁ~”
と、心の中で思いながらも、

”OK. じゃぁ、イントロはこう弾いて、ここから歌が入るから。”
とオリビアとオヤジのジョイントがスタート。

初めて外人の前で英語の歌を歌ったわけですが、最初は少々緊張ぎみでしたが、
後半は結構気持ち良く歌えたので自分でも以外でありました。(本当かよ?)

ジョイントし終わるとオリビアが、
”あなたの声、とてもスウィートで素晴らしいわ。” と言ってきました。
嬉しかったです。が、まぁ外人は常に褒めますから。分かっております、ハイ。

そこで、”このギター弾いてみる?” とオヤジ。

”良いの? 弾いてみたい!” とオリビア。

何やらオヤジのギターで弾いている彼女。すると、
”ねぇ、ブルースギター教えてよ。” と言い出す彼女。

”良いよ。じゃあまず、ブルースを弾くのに必要な事は3つ。”
”これをマスターすると、雰囲気が出せるよ。それは........”

最低必要な事を説明した後、彼女が、
”ねぇ、ギターレッスンをしてくれない?” と言い出す。

”え! ダメ出来ないよ。” とオヤジ。

”なんで? あ、分かった! お金払うよ。” と彼女。

”え? そんなこと出来ないよ。” と断っていると、

”じゃあ、私が英語を教えて、あなたがわたしにギターを......”と言っている最中、

”だめだよオリビア! K●njiは忙しいんだから。”
といつの間にか部屋に戻ってきていたクリスが口を挟んできた訳です。

クリスのおかげ?でレッスンをする事は免れたオヤジでありますが、
チョット残念な気もしていたのでありました。
そんなこんなで、Jam sessionはまだまだ続いて行った訳であります。

Jam session 5につづく。
(え!まだ続くの?チョット長すぎない?)
(ハイ、すみません。次回で完結です。)
Cya!
bbsson
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Jam session 3

そんなこんなで、Eの基本Bluesコード進行でJamが始まった訳です。
今回は12小節で出来ているBlues. 12小節で俗に言う1番が終りと言う物です。
これを何回も何回も繰り返し、順番に各楽器が12小節づつアドリブプレイをする。
何も決め事はせず、各自のフィーリングに任せてプレイする。
簡単なようですが、これがなかなか慣れないと出来ないんですよ!
オヤジなんぞは最も得意なところではありますが、楽器は弾けても意外と
出来ない人も多いんですよ。特にバンド経験の浅い人はね。

ですので、今回も各自の楽器の技量やバンド経験の量が分かってしまいました。
やはり、クリス、マークはまだまだ経験が浅いです。
まぁ、仕方のない事ですが、それでも十分楽しんでいる彼らを見ると、
”あ!音楽はこれで良いんだ。” と思ってしまいました。

こんな感じの後、彼らが好きなAmerican Rock,それも70年代の比較的
slowな曲をやろうと言う事になり、知らないオヤジはホワイトボードに
コード進行を書いてもらい演奏し始めたわけです。

何曲かAmerican Rockをやったわけですが、オヤジもその時代の曲は
良く知っている筈なんですが、まったく知らない曲ばかりでした。(笑)
これはおそらくAmericaと日本でのうける曲、流行る曲の違いなのかも知れませんね。
日本の場合、ノリ、メロディー優先ですが、Americaの場合歌詞の内容も
やはり重要なんですよね。当然日本人の場合分かる人は圧倒的に少ない訳ですから。
オヤジもここ2~3年ですから。多少英語が判るようになったのは。
American Rockを良く聞いて、バンド活動をしていた時は殆んど意味は分からず、
カタカナ英語でしたからね。(笑)ほんと今思うと笑えますな。

そういえば、オヤジが一番一生懸命音楽をやっていた頃、それこそProをめざし、
真剣だった頃、兄の大学の学祭に出た事がありました。
野外ステージで人も結構集まっており、オヤジ本人としては気持ちよく
歌えたと思っておりました。
演奏後、兄に感想を聞いてみた訳ですが、兄曰く、

”なかなか良かったよ。でもオレの隣にAmericaからの留学生がいたんだけど、
彼が、ギターはすごく良かったけど、歌は何言っているのか全然分からなかった。と言っていたぞ。” と言うのを思い出しました。
今思うと、当然で良く本物(笑)の前で英語で歌えたもんだと感心?しますな。

そんな中、クリスが、
”K●nji、何か知っている曲ない?” と聞いてきた訳です。

しばらく考えた挙句、面白い事を思いついたオヤジ。
”そうだ。面白い事があるよ。” とオヤジ。

”え?何?” とクリス。

”クリス、レゲエ知ってる? やった事ある?” とオヤジ。

”レゲエ? 好きだけどやった事ないよ。何という曲?” とクリス。

”曲じゃないよ。今やった曲をレゲエにアレンジしてやるんだよ!” とオヤジ。

”え!? どうやるの? レゲエの基本リズムを教えてよK●nji。” とクリス。

するとマークが、
”レゲエは良いよ。レゲエ最高。やろうやろう!” とノリノリであります。

これはオヤジもバンド時代結構やっておりました。
同じ事を何回もやっていると飽きてしまうので、気分転換には大変よろしいです。

そして、ノリノリの外人2人にレゲエのリズムの基本を説明。
これがまた予想に反して大変でした。こうゆう場面を想定していなかったオヤジは
ジェスチャーばかり先行して(笑)、単語が出て来ない。
当然音楽は専門用語が多いのですが、こんな事になるとは考えておりません。
外人に音楽を教えるなんてことは、想定してないですから、ハイ。


それでも何とか2人に説明をし、”さあ、やってみよう!” となった時、
なんと! もう1人外人登場。
何事もなかった様に、フツーに部屋に入ってきたわけです。
クリスもマークもフツーに ”ハーイ!” なんて言っております。

”誰やコイツ?” と思っていると、クリスが紹介してくれました。
何でもアイルランドから来たらしく、どうもクリス、マークの仕事仲間らしい。
名前は忘れましたが(すみません)コイツ、Jamの間中ギターもそんなに
弾く事はなく、酎ハイばかり飲んでおりました。(なんじゃコイツと言う感じ)

そして、やっとレゲエスタート。
すると、マークが即興で歌を歌い始めたわけです。その歌詞が面白いのなんの!

”オレはいつも酒を飲んでいる。飲んでいる。”
”オレはいつも大原観光へ行く。行く。そうさ、パチンコをしに行くのさ”

まぁ、こんな内容でありました。
これがまた、妙にレゲエ調になっていて大笑いしたオヤジでした。
このマーク、本当にFunkyなヤツであります。

オヤジ達がレゲエを楽しんでいるうちに、なんともう1人外人登場。
そう、Pro sax playerのオリビア登場であります。それもコンビに弁当持参で。(笑)

しかし、なぜか彼女Saxではなくギターを持ってきておりました。
”なんでやねん?” と思いつつ、彼女も参加してまたまたJamがスタート。

そんなこんなで、外人4人、日本人2人(日本人の彼女、全然喋っていません)の6人で
Let's Jam again!となったわけです。カミサンの予想的中であります。

この頃にはエンジン全開のオヤジでありました。
オリビアとの話はまた次回で。

Cya!
bbsson
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