42歳と9ヶ月から英会話学習を始めたオヤジの英語に関するあれこれ。
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Jam session again Part 2

意外な道の混みようで、約束の時間に間に合わない。
クリスをPick upする時間を10分過ぎた頃、早速クリスから携帯が鳴る。
”後、10~15分で着くから。” と携帯を切り、急ぐオヤジ達。

クリスの住むアパートの駐車場に着くと、いつものように楽器と
クーラーボックスを持った彼が立っておりました。
(クーラーボックスにはいつも、ビールが沢山入っております。)
紹介もそこそこに、クリスをオヤジの車に乗せ、練習場へ急ぐ。

向かう車中の中、クリスに、
”彼(ロカビリー君)は英語が出来ないから、彼と話す時は日本語で話してよ。”
とお願いしたオヤジでした。

約10分で練習場へ到着。
すでに、オリビアと例の日本人ギター弾きが来ておりました。
それぞれ、自己紹介をした後、各自楽器をセッティング。
(オヤジは心の中で、”今日は3人対2人で、日本の勝ちだ!”
と思わず言ったのでした。何が勝ち?なのか判りませんが。笑)

そんな中、ロカビリー君がウッドベースを取り出すと、外人2人、
"Cool", "Nice", "Great" の連発でありました。(笑)
挙句の果ては、”チョットぐるっとまわして見せてよ!” 等といっておりました。
(これは、よくウッドベーシストがライブなどでよくやる、パフォーマンスです。)

そして、オリビアは今回、サックスを持って来ておりました。
前回のJamの後、オヤジと次回はサックスを持ってくると約束をしておりましたので、
約束通り、持って来た訳です。

”何か、高そうなサックスやなぁ~!” と思っていると、何やら適当に吹き始める。
その音の大きさと、フレーズ滑らかさに、
”ウ~ン、さすがPro!” と思ったオヤジでした。
(サックスと言うのは、吹きなれていないと大きな音も、良い音もでません。)

一方、ロカビリー君、明らかに緊張気味であります。
そこで、クリスが気をきかせて、彼に何やら話しかけてくれました。
日本語を基本に、時々英語を混ぜ(ふつう反対やろ!)楽しげに話しており、
一安心のオヤジでありました。

少し和んだところで、Jamスタート。
今までのように、最初は適当にBluesの基本コードでアドリブやり放題。
その後、前回やった曲をおさらい。そして、今回始めての曲をやる事に。

そこでいつものように、オリビアがホワイトボードにコード進行を書き、
何やら説明を始めた訳です。

このオリビア、ほんとにフツ~に話すんです。全員が外国人であるかのように。
”あんた!今日本に居るんだし、実際他に日本人が3人もいるんだから、
もう少し、ゆっくり話すとか、易しい話し方をするとか、考えんかねぇ~?”
と(心の中で)思うオヤジでした。

”ロカビリー君大丈夫かなぁ~” と思っていると、例の日本人ギター弾きが
彼に通訳みたいな事をしてくれていてオヤジとしては助かりました。

こんな感じで、2~3時間過ぎた頃、オヤジはタバコ休憩の為、外へ。
途中、ロカビリー君に、
”大丈夫? つまんなくない?” と聞くと、

”いやぁ~、めちゃくちゃ楽しいっす。こんなの初めてです!”
と喜んでおりました。

休憩もそこそこに、Jam再開。
クリスも気を使って、ロカビリー君に話しかけてくれたり、
日本人ギター弾きも通訳をしてくれたり、もちろんオヤジも話しかけたり。
オリビアは相変わらずフツ~に話しておりましたが。(まったくねぇ~)

こんな感じで、今回はギター2人、ウッドベース、サックス、キーボードと
Bandらしい音になってきました。(後は、ドラムを引っぱってくるだけ)

Jamの後、外でみんなで雑談をしている時に、
”もう、毎回参加したいっす。良いっすか?” 
と、興奮気味に話していたロカビリー君でした。(よかった、よかった。)
(相変わらず、オリビアは自分のペースで話しておりました。)

とりあえず、ロカビリー君が無事参加でき、喜んでくれた事で、
一安心のオヤジでありました。


最後に、この雑談の中、オリビアとの会話の中で、彼女が使った言葉を紹介します。
”オリビア、ギター上手くなったね。” というオヤジの言葉に、

"No, no. I'm green." と言っておりました。
”そんな事ないよ。私はまだ初心者よ。” といった感じの意味ですが、
この言い方、言われれば分かるんですが、正直、今まで使った事がありません(笑)
簡単ですが、使い道が多そうですね。これから使って行こ~と!

次回、ロカビリー君の話をもう少し。

Cya!
bbsson




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Jam session again

どんどん、Jam sessionの輪が広がっております。

と言うのも、新たに日本人Bass playerが参加したのです。

彼は、オヤジの会社に荷物の集荷に来ている、佐川急便のDriverであります。
以前、彼とは音楽の話をした事がある訳ですが、3回目のJamの何日か前、
いつものように集荷に来た彼。

たまたまその時、Guitarを弾いていたオヤジです。
(ほんとにタマタマ。ちゃんと仕事はしております。ハイ。)

”最近、Blues弾いてます?” と聞いてきた彼。

”うん。弾いてるよ。そう言えば最近、外国人とBandみたいな事をやってるよ。
まぁ、Jam sessionかな。” とオヤジ。すると、興味津々の顔で、

”外人ばっかりっすか? 凄いっすね! 僕も参加したいっすよ!” と彼。

”凄くないよ。みんなBand経験が浅いヤツばかりだから。”
”みんな適当にやってるだけだから、参加すれば?” とオヤジ。

”え? 良んすか? でも僕、英語話せないですよ。” と彼。

”そんなの全然良いよ。外人の中にも日本語話せるヤツが居るから。”
”音楽出来れば、問題無し! で、どんなのが好きなの?” とオヤジ。

”僕は、40~50年代のBluesが好きです。” と彼。

”へぇ~、珍しいね、若いのに。じゃあ問題ないよ。みんなBlues好きだから。”
と答えるオヤジ。すると彼が、

”どんな曲やってるんすか? やってる曲のベースをコピーした方が良いっすよね?”
と彼。真面目なヤツでありますな。

”そんなのしなくて良いよ。とりあえず参加すれば。” とオヤジ。

”良いんすか? 何か不安っすね。” と彼。

”大丈夫、大丈夫。じゃあ後から携帯に時間を連絡するから。”

こんな感じで参加する事になった訳であります。
それにしても、予め練習しようとするところが、日本人らしいですねぇ~。

実はこの彼、今2つのBandを掛け持ちしているらしい。
40~50年代のBluesが好きと言っておりましたが、やっているのはロカビリーでした。
まぁ、ロカビリーと言うのは、基はBluesから発展した物ですから、
Blues好きと言うのは理解できます。

そして彼、エレキベースではなく、ウッドベース弾きであります。
そう、あのデカイやつです。18歳から始め、現在30歳。
12年間、ロカビリー一筋らしいです。すごいですねぇ~!
(ある意味、オヤジと似ておりますが。)
こんな感じで彼を連れて行く事になった訳です。

そして、日曜日の午後6時。オヤジの会社で待ち合わせ。
少し時間に余裕があったので、ロカビリー君(勝手に呼んでる)と話を。

”いやぁ~、何か緊張して来たっすねぇ~。” と彼。

”大丈夫。みんな大した事ないから。” 等と話しながら、出発した訳です。
(日本人の持っているイメージとして、外人はみんな音楽ができ、
楽器も上手いと思っているところがありますね。特にBluesやRockに関しては。
これは、外国人が、日本人はみんな武道が出来ると思っているのと似ているのかも。
実際に一緒にやってみると、やはり下手なヤツは下手です。笑)

こうして、オヤジとロカビリー君は、まずクリスをPick upするため、
車を走らせたのでありました。

Part 2に続く。

Cya!
bbsson
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The 4th jam

今から、Jam sessionに行ってきます。

今回で4回目であります。

しかし、今日はメンバーの集まりが悪い。
オヤジを入れて3人の様です。

ベースもドラムもいなくて、どうするの? 何やるの?

まぁ、コーラスの練習でもしますか。
(外人の前で英語の歌を歌うのにも慣れてきましたしね。) ←開き直りぎみ。

それでは行ってきま~す。
(また、帰りは午前様だ。理解のあるカミサンに感謝、感謝。)

Cya!
bbsson
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Internet

最近、Blogのサブタイトルを変更してから、ますます英語学習に
関係のない記事ばかりになって来ているオヤジです。(笑)
(まぁ、良いか。学習に関しては他の方にお任せします。ハイ。)

このところ、外国人BandとのJam sessionに毎週のように参加しておりますが、
ちゃんとPrivate lessonもやっております。

先日のLessonで、Jam sessionの話をしたところ、Zelie(カナダ人のlesson相手)も、
音楽が好きで、最近の英会話学校での仕事でも、自分で簡単な英語の曲を作り、
授業で使ったとの事でした。
彼女は、kidsクラスを担当しており、まぁ、日本で言う童謡のような物でしょうね。

この話がきっかけで、音楽ソフトの話になり、

”簡単に曲が作れるソフトを持ってるから、Ke●jiが興味があるなら
次のLessonで使い方を教えてあげるよ?”

と言う事になりました。いつもの喫茶店で、いつもの時間に待ち合わせ
それから、彼女の部屋へ行く事に。

次のLesson。話もそこそこに、彼女のアパートへ。
彼女は、同じカナダ人の男性(彼氏)と一緒に住んでいるのは知っていました。
”今日は、Steveは?” と聞くと、”今日は、Private lessonに行ってるよ。”
との事でした。(2人とも、稼いでおりますなぁ~。)

何となく、彼氏が居ない間に部屋に上がりこむのに気が引けましたが、
(別に、変な気はございません。お間違いなく!)
”まぁ、良いか” と思い上がらせて頂きました。

早速、iMacを立ち上げ、音楽作成ソフトの説明を聞く。
と思いきや、Macに保存してある沢山のPhotoを色々見せて説明をしだした訳です。

カナダに居る家族や親戚、はたまた親戚の彼女、彼氏。
自分の弟の彼女、お父さんの友達等など、それは凄い人数でありました。
(そんなにい1度に言われても、覚えきれません。今のJam sessionに来ている
外国人の名前さえまだ全部覚えられておりませんから!)

そうこうしている内に、”カナダの家族には連絡しているの?” と聞くと、

”うん。これを使ってね。” とあるものを説明し出しました。

それは、"Skype" と言うものでした。
これはInternet回線を使ったIP電話、メッセンジャーでありますね。
彼女曰く、パソコンから携帯には無料、パソコンから家庭のホーム電話には、
1分2~3円。そして海外にもパソコン同士ならどれだけ話しても無料だそうです。

このSkypeを使い、カナダの家族と話しているらしいです。
そして、iSight(カメラ)を使い、お互いを見ながら会話しているんです。

いやぁ~彼女(彼氏も)コンピュータをフル活用しておりますなぁ~!
しかし、彼らのような家族と遠く離れて暮らしている人達には、
大変便利なツールですし、使う意味があるように思います。
カナダの家族も元気な声、そして顔も見れて安心でしょう。しかもただですからね!

なかなか勉強になりました。
(世の中、進んでおりますなぁ~。オヤジはついて行くのが大変です。)
この話の流れで、
”日本人、特に若い子は今、携帯で何でもかんでもやってるんだよ。
最近の若い子は、携帯がないと生きていけないらしいよ! (笑)”

と言うと、”そうそう! 日本に来たばっかりの頃、どこへ行っても
みんな携帯をいじってるのを見て、ビックリした!”

と言っておりました。
オヤジが、”携帯にあんな沢山のFunction必要だと思う?” と聞くと、

”どうだろう? 私には必要ないけどね。” とやんわり否定しておりました。

海外に行っても、あんなに携帯をごちゃごちゃいじってるヤツは居ませんよ!
みんなもっと、言葉に出してCommunication取ろうよ。......ね!
(人間、話さないとダメですよ。いやホント。)

変てこな絵文字や、創作語?はやめましょうよ。......ね!

変てこな略語はやめましょうよ。......ね!

ちゃんと顔を見ながら話そうよ。......ね!

(あ!、し、しまった。またオヤジのボヤキになってしまった。)

違う言語を学ぶ事で、言葉の大切さを改めて感じているこの頃のオヤジです。

次回はまたJam sessionの話でも。

Cya!
bbsson

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September 11, 2001 (Postscript)

この歴史に残る大惨事から早くも5年が経過しました。
アメリカでは、9月11日に20時間当時の映像をそのまま放送したそうです。
それに比べ、日本では取り上げられ方が、少なかったように思いますが、
皆さんは、どう思われましたか?
もちろんテロにあった当事国ではないので、仕方ないのかもしれませんが、
このNY同時多発テロは、アメリカだけの問題ではないのです。
地球に生きる人間すべてに関わる問題ですよね。

私達夫婦も、当時は正直自分達の帰国の事だけで精一杯の状態でした。
帰国してから、改めて事の重大さに気づいた感じでありました。
そして今でも、あの時の現地の、一種異様な雰囲気を憶えております。
当時は、起こった事の重大さ、大きさを感じる事ができず、あの雰囲気を
正直理解できかった事を憶えています。
しかしその2年後、私達は初めてNew Yorkを訪れました。
そして、Grand Zeroを訪れ、このテロの大きさと悲惨さに触れ、あの時の
現地の異様な雰囲気が少し分かったような気がしました。
でも、それは、武力による頼る行為(報復も含め)を容認した訳では
決してありません。
逆に、現地を目の当たりにして、改めて武力の愚かさを痛感し、
二度と起こしてはならない事だ感じたのです。

このテロ以降、アメリカはテロリスト退治の名目のもと、他国、自国に
沢山の犠牲者を出し続けています。
イラクにしても、私は何か裏に資源問題など政治的なものを感じてしまいます。

確かに、沢山の人をこのテロでアメリカは亡くしました。
だからこそ、”これ以上犠牲者を出さない誓いをしなければならないのでは”
と思うのですが。

”アメリカは世界の警察だ” とかってに言っておりますが、
偏った考え方の警察ではないか? 世界には色々な人種が居て、考え方も、思想も、
生活習慣も、そして価値観も違うわけです。
それをアメリカの思っている民主主義、人としての価値観を押し付けようと
している感じがしてならないんです。
私は、まず ”相手を理解しようとする事” から始めなければ
分かり合える筈もないと思います。

最近私は、アメリカと言う国は、良いところも悪いところも極端な形で
混在している国だと感じています。
私達は、それを見分ける力を持たなければならないと思います。
しかし、今の日本人、特に若い世代(すべてとは決して言いません)は
物事を上っ面だけで判断してしまっている感じがしてなりません。
薄っぺらな感動に酔っている感じがしてならないのですが.........。
(これは我々大人のせいでもある訳ですので、一概に彼らだけを責めることは
出来ないと思いますが。)

人として何が大切なのか、そして今、何をすべきかを
もう一度考える時期が来ている様に思います。
その意味でも、今回の5年目は良い機会ではなかったかと思うわけです。
そう思うと少し、取り上げられ方が弱かったように思います。

人は忘れていく生き物ですよね。
物事を忘れて行かなければ、辛くてとても生きて行けません。
しかし、決して忘れてはいけない事もあるんですよね。
私達のこのあとの人生にとって、そして、私達の後の世代にとっても。

何か、偉そうなことを長々と書いてきましたが、
私も今一度、今までより、ほんの少しでも良いから、
広い視野で物事を考えて行ければと思っております。

Cya!
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September 11, 2001 (Final)

12日目の朝を迎えた訳ですが、この頃になると人それぞれ色々なケースが、
起こってきておりました。
中でも、気の毒だったのが若い2人組の女の子のケースでありました。
とても仲の良い女の子達で、初めてのロスであった様ですが、
1人の子がもう1人の子を残して先に帰ってしまったのです。

何でも、帰ってしまった子のご両親が、”どれだけお金が掛かっても良いから、
どんな事をしても帰って来い。” と言うことで、ファーストクラスで1人だけ
帰ってしまったんです。(ファーストクラスは空いていたらしいです。)

残された子は、一人ぼっちになってしまいHotelのロビーで泣き崩れておりました。
気の毒に思ったオヤジ達は、年の近そうな他の人に、相部屋をお願いし、
話し相手になってもらう事を頼みました。
快く引き受けてもらい一安心したオヤジ達でありました。
(この後、この女の子2人組の関係はどうなったんでしょうねぇ~?)

12日目、5時30分。
帰れるかどうか分からないまま、空港に向かう。
どの航空会社のカウンターも人で溢れている。
ENDORSEMENTのチケットを持っているといっても、どの航空会社も、
自分達の航空会社を利用しているお客が優先で、その人達がすべて乗った後、
オヤジ達の受付をするのです。
(前日、ENDORSEMENTのチケットを受け取った後、JALの搭乗員と話した時
”この状況を見てください” とカウンターの前で待っている大勢の人達を指差し、
”このお客様が優先でございます。” と怒られてしまいました。)

半ば諦めムードの中、JALのカウンターの前を通るオヤジ達。すると、
”整理券8時から配布” の張り紙が張ってある。
”ん? 整理券?” と思っていると、ヴァリグに乗るはずだった人が
大急ぎでJALのカウンターに聞きに行った。戻ってくると、
”臨時便の整理券を配るんだって! 貰って来ようよ!” と興奮しながら話す。

オヤジ達の行きたかった名古屋へは行かない。東京か関空であった。
”もう帰れればどこでも良い。” と思いつつ、ダメもとで関空行きを頼む事に。
乗れるかどうかは、1時にならないと分からない。
Hotelに戻るわけにも行かず、1時まで待つ事になったのでした。

しかし、さすがにJALであった。
前日までに臨時便を6便出し、大方の処理を終えたのでありました。
(それに比べ、オヤジ達のヴァリグときたら........。
因みに、これ以来海外に行く時は、日本の航空会社を使うようにしております。)

待っている間、仲良くなった人達(他の航空会社を利用)とも話す事が出来た。
ヴァリグ以外の航空会社はENDORSEMENTのチケットを発行していない。
だから、利用している航空会社の便に乗れるのを待つか、新たにチケットを
買い直すしかないようであった。
大韓航空を使っている日本人も多く、大勢の人がまだ並んでいた。

そして、1時になりJALのカウンターの前で並ぶオヤジ達。
チケットが取れた人の名前が呼ばれ始める。
オヤジ達ヴァリグ利用組の人達の名前も次々に呼ばれていく。
自然と拍手が沸いていく。そして、オヤジ達の名前も呼ばれた。

”あぁ~、これで日本へ帰れる。” と思っていると、離陸時間は1時45分との事。
この時、1時30分になろうとしていた。

猛ダッシュでセキュリティーへ。
普段より厳しいチェックの後、搭乗ゲートへまた猛ダッシュ!
何とか間に合った。

機内は不思議な事に空席が幾つかあった。
”まだ、沢山の人が空港に居たのになぜだ?”
仲良くなった人達の事を思い、
”あの大韓航空を利用していた子は乗れたのだろうか?”
等と思いながら、窓から外を眺めていたオヤジでした。
(結果的に、早々にENDORSEMENTのチケットになったのが良かったと言う
皮肉な結果になったのでした。)

こうして、オヤジ達を載せた飛行機は関空をめざしロスを飛び立ったのでありました。
(結局、当初の予定より6日長くなる結果となったこの年のロスの旅でありました。
不思議な事にこの年以降、ロスへは行っておりません。)

長くなりましたが、これがオヤジのSeptember 11, 2001であります。
読んでくださった方、有難うございました。
また、犠牲になった方々のご冥福を、今一度お祈り申し上げます。

次回、5年経った今、思うことを書いてみようと思っております。

Cya!
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September 11, 2001 (Part 4)

朝3時30分という早いPick up。早く寝なければと思いながらも、
なかなか寝付けなく、少しの睡眠の後、10日目の朝を迎えた。

オヤジ達、そして同じ航空会社を使って来ていた人たち皆、眠そう顔をしながらも
”今日は帰国できるんだ” と明るい様子でありました。
バスに乗り込み空港へ。

空港に着くと、まだ朝早いこともあり、閑散としておりました。
そして、空港内に入り搭乗案内の電光掲示板に目をやった時、みんなから
ため息とざわめきが起こった。
オヤジ達が乗る予定の飛行機ナンバーの横に、"CANCEL" の文字が。

旅行会社の人も、掲示板を見ながら立ち尽くしていた。
暫くして、オヤジ達のもとへ。
”昨日電話で確認した時は、今日は飛ぶと言っていたんです。........
しかし、御覧のように今日は飛びません。申し訳ありません。
またHotelへお送りします。” と困惑した様子で頭を下げる。
どうする事も出来ず、Hotelへ戻る事に。

Hotelへ着きまたCheck inをし、部屋に荷物を置き、暫くしてロビーへ。
ここに集められてから仲良くなった人たちは、それぞれ違う航空会社のため、
時間差で空港に向かったわけです。
しかし、結局誰も飛行機に乗れずに戻ってきた。
ロビーに座っていると、続々と人がHotelに戻ってくる。
みんな疲労困憊。思い荷物を引きずっている。

この何日間の空港閉鎖、そして予定を変更して早く帰国をする人等で、
完全に搭乗者がだぶつき、溢れていたのである。
そしてこの頃、嫌な噂が流れていた。
それは、”各国の航空会社は自国の人間を最優先に帰国させる” と言う物だった。

と言うことはオヤジ達はどうなるんだろう?
この時オヤジ達は、格安ツアーと言う事もあり、”ヴァリグブラジル” と言う、
ブラジルの航空会社を使っていた訳です。
噂が本当なら、ブラジル人が最優先。日本には行かないと言う事なのか?
不安がよぎるオヤジ達でありました。(翌日、この不安が的中する事に。)

仕方なく、この日はハリウッドに出かけ時間を潰す事にした訳です。
しかし、帰国の事を考えると楽しめたもんじゃありませんでした。

Hotelに帰ると、殆んどの人が帰れず戻ってきていた様であった。
また、夜8時に現状報告と明日の予定の説明の為、みんなが集められた。

しかし、他の滞在客への配慮から、メガホン(拡声器)を使わずの説明だった為、
よく聞こえなかった人達が説明会の後、旅行社スタッフのもとへ集まっていた。
疲れと不安でイラついている人たちが、怒り出し旅行社スタッフにつめよっている。
スタッフも声が枯れ、本当に疲労している様子であり、気の毒な感じであった。

明日のPick upは5時半。
”明日には帰れるだろう” と信じながら部屋に戻り眠ることに。

11日目の朝。5時半にPick upのバスに乗り込み空港へ。
空港内に入り、搭乗案内の電光掲示板に目をやる。すると、"Brazil" の文字が。

そう、オヤジ達の便の行き先がJapan/NagoyaからBrazilに変更されていたのです。
昨日の噂は本当だったんです。

旅行会社の人がヴァリグブラジルのカウンターに聞きに行く。
すると、カウンターに並べとの事だった。
”なぜだ? 日本へは行かないんだろ?” そう思いながら並んでいると、
オヤジ達の航空券にあるスタンプが押された。"ENDORSEMENT"の文字が。
みんなこのスタンプの意味が分からず、スタッフに説明を受けることに。

”ヴァリグは日本へ飛ぶ気はないようです。それぞれで航空会社を当たって
キャンセルを探すしかありません。” と説明される。
このENDORSEMENTというのは、悪い言い方をすれば、
”どこの航空会社を使っても、差額はこっちで払うから、この航空券を使って
自分達でさがして勝手に乗ってくれ。あとは知らないから。” という物。
要は責任放棄であります。

しかし、こんなに人がだぶついている状態。
”誰がキャンセルするの?しかも日本の航空会社以外はみんな英語でしょ?
どうやって当たれと言うの?” と思っていると、今まで何一つ怒ることも
スタッフに詰め寄ることもしなかったカミサンがさすがに切れました。

”そんな言い方は無責任じゃないですか!?” 
するとこのスタッフはアルバイトだったらしく、大急ぎで上司を呼びに行った。

”ヴァリグは責任を放棄しました。今日は取り合えずHotelへお戻り下さい。”
と話す上司。仕方なくHotelへ戻ることに。

その夜、また説明会があった。しかし、オヤジ達ヴァリグ航空組は別説明だった。

”他の航空会社は臨時便を出したり努力をしておりますが、はっきり言って
ヴァリグは最悪の状況です。
明日から、手配のお手伝いに付きますのでがんばって探しましょう。”
こんな説明でありました。
要するに、色々情報は入れますので自分達で乗れそうな航空会社の
カウンターに並べと言う事でありました。
当然キャンセル探しでありますので、他の人達より早く空港へ行って
並ばなくてはならないのです。

”これは大変な事になってきた” と思いつつも、
”まぁ、しょうがない。明日からがんばって並ぼう!”
と励ましあうオヤジ達でありました。

Part 5に続く。

Cya!
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